藤原定家への挑戦状
藤原定家の秀歌選「小倉百人一首」の作者(一部は入れ替え)の和歌の中から、掲載歌以外の秀歌を選び出し、その魅力を伝記と共に著した、白鷹町出身の多田久也さん(S49卒)の著書である。古典名歌選ならば平安時代後期からすでに出現しており、さまざまな基準で古今百人の秀歌を集めた異種百人一首も古くからあるが、これはその中間を採る。定家に対して、同じ歌人ならこちらの方が良いでしょうというのだから、その選歌に物申すことになる。無論、著者のあふれる百人一首の愛の成せる技なのだが。
そのため、祐子内親王紀伊の歌を選ぶことになり、窮屈になる。また万葉集作者の比重が高くなった点は、近代的評価を継承するのだろうが、しかし優美で大らかな三代集、清冽な感覚と彫琢された新古今調、その間の新旧両派の和歌が採られており、おのずと古典和歌選になった。
著者は60歳になってから初めて百人一首の魅力に取りつかれたと記すが、西行の選歌に見られるように、枯淡美に傾かない点に感性のみずみずしさがうかがわれる一方、しみ込むような親子の情愛、哀傷の歌が多いのは、僭越ながら、著者の審美眼と人生経験によると拝察した。評者は伊勢・中務親子の濃やかな和歌を味読したいと思った。
古典学者の場合、技巧や影響、古注釈の参照、典拠の明示などにうるさくなるが、本著は技巧にも目配りしながら、関連する歌論書・説話への目配りも十分で(ただし誤りが散見)、明晰・的確な解説がなされる。和歌鑑賞と歌人の紹介が格好の古典和歌入門であると太鼓判を押したい。
さて定家に本書を見せたら、なんと言うだろう。百人一首成立時の定家の秀歌感は「新勅撰和歌集」にうかがわれるから、本書は「花」が多い、間に平淡な歌を挟めというだろうか。また百人一首選歌の際、朝幕関係が影響したと考えられるから、忠盛・忠度の平家歌人の和歌を採ったら、渋い顔で、しかもうなずいていただろう。
評者 佐々木紀一
県立米沢女子短期大国語国文学科教授、米沢市2024年11月13日山形新聞より