置賜を拠点に取材活動する中で心に引っかかる出会いがある。各記者が「この人の話を深掘りしたい」と感じた置賜人の元を訪ねた。

米沢 滝見屋若女将 安部里美さん(45・H10卒)

昭和20年代の宿の写真を手にする安部里美さん(45・H10卒)=米沢市

山深い秘湯に引かれる。米沢市李山の大平温泉滝見屋は秘湯中の秘湯。2022年の豪雨被害の際、若女将安部里美さんを取材し、「気候変動の中、どう持続するか。最上川源流の自然や文化を伝える拠点を守りたい」との言葉が心に残った。自然の驚異と隣り合わせの環境で、記者の憧れの場を受け継ぐ同世代の原動力を知りたかった。

滝見屋は吾妻連峰の渓谷にある。険しい山道を車で上り、山頂の駐車場から15分ほど歩いてたどり着く。重機が入れず、宿の改修は熟練の職人が工夫を凝らして行う。かつては休館となる冬場にスキーで赴き、宿の雪下ろしをしてくれる人がいたという。

22年は豪雪と豪雨で建物や露天風呂が被害を受けた。常連客やボランティアが露天風呂の土砂を除去する作業に駆け付け、地元の観光関係者の呼びかけで支援金が集まった。安部さんの中に、「多くの人に支えられて今がある」との意識はあったものの、「22年の災害で、あらためて実感した」と振り返る。

母で女将の綾子さん(80)と宿を営む。4姉妹の末っ子で自身が継ぐとは考えていなかった。転機は大学3年の終わり。義兄、父が相次いで亡くなり、綾子さんが宿を任された。安部さんは新潟大でピアノを専攻し、NHKの就職内定を得ていたが、1年休学し、宿を手伝った。祖父や父が人生をかけて守ってきたことを幼心に感じていた。「テレビ番組のではなく、宿のディレクターになろう」と決めた。

20代から30代にかけ、冬は勉強も兼ねて台湾のホテルに勤務した。今も自治体などによる台湾でのプロモーションを支援する。この経験から地元の価値に改めて気づくこともできた。「宿を置賜、山形、東北の魅力を紹介する『カタログ』と捉えている」とし、「今年は、提供する『かてもの料理』を増やすなど、地元の文化を現代に合う形で伝えたい」と意気込む。

安部さんは語る。「宿がこの場所にあり続けてきたことが奇跡的。コスパの良さとは真逆の存在だが、お客さんを含め、多くの人が知恵と力を出して支えてくれていることを伝えたい」

なぜ自分は秘湯に引かれるのか。その答えと重ねる気がした。