清野春樹(S卒)著「山形県のアイヌ文化」

本州北部はアイヌ民族の伝統的な活動領域の一つであった。例えば、現在の青森県域には中近世においてアイヌが居住していたことが明らかになっているし、通説では東北の古代蝦夷にはアイヌの先祖となる人が含まれていたと考えられている。しかし、本州のアイヌの実態に関しては学術的に未解明な点も多い。

これに対して、本書は山形県を「悠久のアイヌの大地だった」とし、彼(女)らの痕跡を県内の文化や景観の中に見いだすことを試みる。そのために、本書では米沢のお鷹ぽっぽや草木塔、新庄の「山の神の勧進」、アイヌの「チャシ跡」(砦や祈りの場の跡)とされる場所など、さまざまな事例が吟味される。例えば、お鷹ぽっぽについては「ぽっぽ」が「おもちゃ」などを意味するアイヌ語であることや、木を薄く削って鷹の羽を表す技法のルーツがアイヌのイナウ(削りかけ)にあること、製作に使われるサルキリという刃物の名称がアイヌ語由来であることなどが説明される。このように本書は複数の側面に注目しながら、今に残るアイヌ文化の痕跡を描き出していく。

また本書によれば、現在の山形県域に暮らしていた古代のアイヌ(=蝦夷)は、本州の他地域のアイヌとは異なり、早い段階で仏教を受け入れることとなった。そのことが独特の文化の形成につながったのだという。これは本州のアイヌや古代蝦夷の間にも文化的な地域差があったことを示唆する重要な主張である。

なお、本書には根拠が不十分だと思われる箇所もある。また、「アイヌ民族誌」から写真が引用されている点が評者には気になった。同書に関しては、内容と掲載された1枚の写真の肖像権を巡って裁判が行われた経緯がある。本書に当該の写真は引用されてはいないが、補足説明を付すべきであったと考える。

このように本書は課題も残る。しかし、冒頭で示した学術的状況を踏まえれば、本書が本州北部のアイヌの歴史や文化に光を当てたことの意義はやはり大きい。本書を起点に、このテーマに関する議論が深化することを期待したい。(不忘出版・1650円)

評者:桑林賢治・県立米沢女子短大講師

2025年1月15日山形新聞より