「春風を見る」錦啓著

「書評/舞台評/随想」の副題を添えた新書版の瀟洒な一冊。錦啓(南陽市・S38卒)著「春風を見る」。大冊の前著「コラム集『窓辺の足音』」とは対照的な身なりだが「誨えて倦まず(おしえてうまず)」(2000年)に始まる前著3冊の補遺的な性格にとどまらず、むしろ凝縮版と呼ぶにふさわしい。

Ⅰ部は本紙(山形新聞)文化面の「味読 郷土の本」欄に寄せた14編を中心とした書評。昨年暮れに長逝された鈴木実氏の「村の子供誌」の文業について、「子供とともにあり、子供の内実と変容を一番知る立場にあった」と言い、「歴史を見る確かな目」を見ている。また、鈴木喜代子著「どんぐりの笛」に触れながら、「かけ害のない瞬間の経験を、定型の言葉の器にすくいとる、その瞬間の経験が、長い年月の重みとつりあったとき」こそ、すぐれた短歌の誕生の瞬間だと喝破する。

Ⅱ部はやはり本紙文化面に執筆した演劇表4編。著者は新庄市や山形市の会場で、観客の一人として舞台に目を凝らす。そして観客に提示される先鋭化された「対立や葛藤」の時空間に身を浸す。役者が育つ劇評である。

錦啓さん(S38卒)=南陽市(2024年12月15日山形新聞より)

Ⅲ部は随想5編。随想(エッセー)と短評(コラム)の境界は必ずしも厳密なものではなく、ここでの文章は批評性を宿しながら伸びやかである。度々登場する、高校の若き国語科教員時代のエピソード(吉田拓郎「旅の宿」冒頭の歌詞をめぐる勘違い)は「斉笑と済度」においてもその場を想像させ、笑いをそそらずにはいない。「筆跡」では家族や親族の筆跡のことにも及ぶ。再掲された「『約束の冬』(宮本輝著)と『飛行蜘蛛』(錦三郎著)」(初出「ここだかなしき」2005年刊)とともに、錦啓という人の生地―温かさと厳格さが伝わってくる。

著者はⅢ部で自らの「気炎」執筆のスタンスについて語っている。山形の話題、言葉へのこだわり、私見を明確に述べること。この3つは氏にとって、コラムはもとより「書くこと」の基底をなすものであり、本著を凝縮版とするゆえんである。文は人なり、至言と思う。(書肆犀・990円)

評者:柳谷豊彦・元東北文教大特任教授

2026年6月10日山形新聞より