・母在せば遠く遊ばず春の旅
金子つとむさん(川西町・S34卒)の第1句集「雪景色」の冒頭句である。金子さんは1941(昭和16)年生まれの年男。大学卒業後に地元の高校に奉職し、退職後に俳句と出合った。川西町俳句会に入会し、その後、俳誌「ろんど」入会へと続く。
・そよ風を纏ひ卒寿の洗い髪
・たらちねの母を叱りて春かなし
・食細き母と焼芋分かち合ひ
母を詠み、寄り添い見守るこれらの句は、第1章「雪の朝」(2004~08年)に収録された。「母を叱りて」の句は唯一、作者の心情を吐露しており、切ない。そして雪の朝に母の死が訪れる。
・泣き初めの喪主挨拶となりにけり
俳誌「ろんど」の主催のすずき巴里さんは序文で、これらを「悉く胸打たれる深い母恋い作品群」と評している。
第2章「雪の夜」(09~18年)には、趣味や交友関係にまつわる句、吟行句などが収められており多彩である。
・花吹雪人間将棋の飛車動く
・対局へ爪ととのへて涼新た
・俳縁や十八人の夏帽子
病を患った奥さまを詠った作品にも心を打たれる。
・寛解の妻の饒舌春の昼
・買初めは白髪気にする妻の帽子
・妻逝けりしんしんと雪の夜
作品の文体は、あくまでも平明である。前書きとルビが多いのも特徴だ。「俳句をしていない知人にも読んでもらいたいから」とあとがきにある。人柄のにじむ表現者としての心配りと言えよう。
第3章「雪景色」(19~24年)は、自身の入院や新型コロナウイルス禍による活動制限があった時期に当たる。仲間と語り、教え子や同郷の作家井上ひさしとの縁を詠う。雪国に根を張り、枝葉を広げる暮らしは揺るがない。滋味深い作品の数々である。
・これがまあ住めば都の雪景色
しみじみと酔いしれたい結びの句。広く愛される句集になることを望みたい。(文学の森・2970円)
評者:木村愛子 県俳人協会常任理事、鶴岡市
2025年10月22日山形新聞より




