南海で活躍、生誕90周年
プロ野球南海(現ソフトバンク)で活躍し通算221勝を挙げ、「日本プロ野球最後の30勝投手」として知られる米沢市出身の故皆川睦雄さん(1935~2005年・S29卒)にまつわる品を紹介する企画展「野球と米沢」が市立米沢図書館で開かれている。同館は生誕90周年に合わせ、ユニホームやサインボール、寄稿文、新聞記事で、郷土を代表する偉人の野球愛と地元愛を発信している。25日まで。
米沢出身のプロ野球投手・故皆川睦雄さんの功績を紹介する企画展=市立米沢図書館 皆川さんは旧山上村関根(現米沢市関根)生まれ。米沢高(のちに米沢西高、現米沢興譲館高)で1年時からエースとなり、3年夏は東北大会決勝まで進み、甲子園出場まであと一歩に迫った。1954(昭和29)年に南海に入団。3年目に下手投げに転向すると才能が開花し、68(同43)年に31勝で最多勝タイトルを得た。通算成績は759登板で221勝139敗。防御率2.42。
引退後は阪神、巨人、近鉄でコーチを務めた。2005年2月に亡くなり、同年11月に米沢市民栄誉賞、06年に県民栄誉賞を受け、市営野球場は愛称が「皆川球場」に変わった。2011年には県人初の野球殿堂入りを果たした。
企画展は南海時代のユニホームに加え、「不忘恩」「一球入魂」と直筆したサインボールや色紙を紹介している。半生を振り返った講演録、地元の子ども向けのメッセージを収録した新聞、プロ16年目に「一球入魂」の信念について寄稿した興譲館高同窓会報も目を引く。高校時代の活躍に触れた新聞記事も並べた。中2階先人顕彰コーナーで開催。午前10時~午後7時で、土日祝日は午前9時開館。
米沢の野球起源も紹介
企画展は米沢の野球の起源を紹介する展示も行っている。1901(明治34)年発行の米沢中(現米沢興譲館高)校友会報は、野球部初の対外試合だった山形中戦観戦記が掲載され、古風な用語から時代が感じられる。1番投手には米沢藩12代藩主・上杉斉憲の子・上杉亀雄が名を連ねた。皆川さんに続く米沢出身2人目のプロ野球選手・江本裕人さん(米沢商業高卒、元ロッテ)の関連品、置賜地域から初めて甲子園に出場した米沢工業高の活躍を振り返る本もある。
2026年3月20日山形新聞より



