連綿と やまがた旧家・名家探訪 「宮坂家」下
尾の身を骨まで柔らかく炊き上げた「ことこと煮」を手にする宮坂宏さん(S52卒)=米沢市 昨年、宮坂宏さん(67・S52卒)の長男匡(たすく)さん(37)が衣鉢を受け継いだ。8代目の誕生である。加えて銀行を退職した次男の圭さん(32)も営業として支えている。新しい世代は、これまで職人の技に頼ってきた部分を、チームでいつも同じ品質のもの作れるるような仕組みに作り替えようとしているそうだ。
煮炊きの技術を軸に、柔軟に時代に適応してきた「みやさかや」だが、鯉という原点は忘れていない。
宏さんは50台になって、山形大の大学院に進学して修士号を取得した。ヘルペスウイルス危機に直面したことと、米国で日本への鯉の輸出を模索する人と出会ったことから、今後の不測の事態に備える必要性を感じたからだ。論文名は「アメリカにおけるコイ加工製品の市場創造の研究」。米国で受け入れられる製品の開発と、米国でのプロモーションの可能性を論じた。
こうした機会を捉え、宏さんは鯉の生態や特徴、世界の鯉の食文化など、豊富な知識と知見を持つ。年に数回発行している「鯉たより」では宏さんの軽妙洒脱さが、遺憾なく発揮されている。ホームページでも、鯉に関する知識を発信している。もともと父の陽吉さんは東京の大学で歴史学を学んだそうだから、宏さんにそのDNAが宿っているのかもしれない。
伝統郷土料理として親しまれてきた「鯉の甘煮」 日本では、地域によって鯉料理の嗜好が異なる。九州や西日本では、洗いと鯉こく、関西では、洗いや刺身、東日本では洗いと鯉こくに加えて、圧倒的に甘煮が好まれる。とりわけ甘煮はごちそうであり続けた。
ところが現在、日本における鯉料理は岐路に立たされている。米沢でも、戦前に15件あった鯉料理店は、3件にまで減った。食の多様化と、冠婚葬祭の簡素化もその背景にある。鯉の養殖が盛んな茨城県や福島県郡山市では、後継者不足にも悩まされている。コロナ禍も追い打ちをかけた。
もっぱら日本人に食べられてきたように錯覚する鯉だが、養い殖鯉の生産高は、世界で36位(2023年)にとどまっている。農林水産省によれば、24年、日本の養殖はノリ類、カキ類、ブリ類、ホタテガイ、マダイで8割以上占めている。コイ・フナ類は、わずか0.2%に過ぎない。
世界では、養殖生産の2割ほどをコイ・フナ類が占めている。東欧・中欧では、クリスマスにフライにしたり、ビールで煮込んだりして食べる、より身近な魚なのである。このことを考えると、まだまだ鯉料理の可能性が眠っているのかもしれない。
鯉は骨が固く、小骨がある。必ず生きている魚を調理しなければならない。要するに、手間がかかる魚なのである。その中で「みやさかや」は、煮炊きの技術を磨いてきた。その技術で食材に高付加価値を付けて売り出すことに「みやさかや」の神髄がある。尾の身を骨まで柔らかく炊き上げた「ことこと煮」など、子どもたちにも食べやすい調理法を工夫したり、培った技術を他の魚に応用したりしている。
くみ上げた清冽な地下水で締める。着色料、保存料、うまみ調味料、香料など添加物は使わない。丁寧に手作りする。こうしたこだわりによって、おいしさと安心・安全を同居させているのだ。
「みやさかや」の標榜するスローフード、そして宏さんの「手間ひま惜しまず」、「手間ひまがごちそう」との言に、地域の課題解決の糸口がひそんでいるように思えた。
(原淳一郎・県立米沢女子短大教授)
2026年1月19日山形新聞より




