暮らしに身近、激動の70年・田中順一著「山形戦後稲作史」

本県の米作りの歴史や取り組みを技術的見地からとらえた
「山形戦後稲作史」を発刊した高橋順一さん(S42卒)

「つや姫」「雪若丸」「はえぬき」と言えば、本紙の皆さんはよくご存じのことだろう。山形県自慢のお米である。本県で2020年に収穫されたお米の10アール当たりの収量622キロは全国2位、品質の良さを示す1等米比率94.8%は全国1位となっている。美味しいお米を生産しながら、品質も高く、量も多く取れる三拍子そろった米産地が山形県なのだ。

産地は一朝一夕で確立するものではない。近代日本のおいしいお米の始祖と言われる「亀の尾」を124年前に庄内町の農家・阿部亀治さんが開発したように、100年以上も前から山形県は国内有数の米産地だった。

農林省農業総合研究所の所長だった故東畑精一氏は、同研究所に勤務していた鎌形勲氏が1953(昭和28)年に著した「山形県稲作史」の序文で、明治初期から60年間の山形県の稲作を評して「変化は全国の全体を超えることが遥に大」と評した。

それからまもなく70年を経過しようとする今年、山形県職員だった田中順一氏(S42卒)が、「山形県戦後稲作史」を公刊した。そのはしがきに「稲作の技術者として、(中略)本県の米作りが飛躍的に発展した1950年以降の本県稲作を(中略)概観してみたい」という思いを持ち続け、県職員退職後に作業を開始し、10年がかりでまとめたとある。

10部61章に分けて、稲作生産に関わる技術、農家の取り組み、気象、災害、政策を始め、ほぼ全てが解説されている。さらに、巻末には92ページにわたって資料を掲載。1970年を境に米は増産から減産へと、稲作生産の環境が逆転した。この1冊で激動の70年の稲作、お米を実感できる価値ある内容になっている。

消費者である皆さんにとって身近な水路と言えば、ほとんどが水田に水を引く用水路であり、排水路である。また田園も身近な風景の一つだ。お米を食べるだけでなく、稲作は県民の多くの生活に大きく関わっている。それがどのように変わってきたのかを知りたい方にもぜひ手に取っていただきたい1冊だ。

=自費出版、5千円。著者の連絡先は〒999-2222、南陽市長岡554の2。電話0238(43)6847。

評著:小沢亙・山形大農学部教授、鶴岡市

2021年8月25日山形新聞より