漫画家ますむらひろしさん(72・S46卒) 北東北の詩人・宮沢賢治の数々の名作を漫画にしてきた山形県米沢市出身の漫画家・ますむらひろしさん(72・S46卒)。今夏、東京都八王子市の夢美術館での特別展「ますむらひろしの銀河鉄道の夜―完結編」を無事終えた。賢治作品に寄せる思いを聞いた。
季節感ない東京で魅力に「開眼」
――賢治作品との出会いは?
小中学校の授業で「虔十(けんじゅう)公園林」や「永訣(えいけつ)の朝」を学び、「ああ、この人とは関われないな」と思った。教科書が教える賢治の世界観と、学校における現実とがまるで違う。当時は詰め込み教育の競争社会。でも賢治は「一番ダメなヤツが最高だ」みたいなことを言っている。作中の「おらおらでひとりいぐも」のような東北弁にしても、学校ではどこか恥ずかしいものとして「授業中は方言を話すな」とか言われることが多かったんです。物語の舞台も山奥とかで、決してハッピーエンドでは終わらない。子どもとしては、どう解釈していいかわからなかったんです。
特別展「ますむらひろしの銀河鉄道の夜―完結編」の様子=東京都八王子市の市夢美術館、三浦英之撮影 ――印象が変わったのはいつですか?
18歳で米沢から東京に出てきて、文京区の小石川に住んだのですが、当然、周囲に山なんてなくて季節感さえよくわからない。2年くらい経つともう嫌で嫌で。そんな時、ある雑誌で大好きな作家の作風が「賢治の世界にかぶる」と書かれていて、本屋で文庫本を買って「注文の多い料理店」の序文を読んだら、もう感動しちゃって。
〈わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます〉とか、ああ、自分がいた場所がここに書いてあると思って、むさぼるように読んだのです。以来、賢治の世界を漫画に描き続けています。
特別展「ますむらひろしの銀河鉄道の夜―完結編」の様子=東京都八王子市の市夢美術館、三浦英之撮影 登場人物が猫、感想聞いてみたい
――登場人物を猫にした理由は?
当時、水俣病が社会問題になっていたから。汚染された魚を食べた猫が、神経を侵されて跳ね回る映像をテレビで見て、「人間はなんてむごいことをするんだ」と怒りが湧いてきて。賢治の作品の多くは「弱者の物語」でもあるので、そんな猫を主人公にして漫画にできないかと。当時は賛否両論あったんですが、漫画を見た子どもたちからは「主人公が猫なので、難しい物語でもスッと頭に入ってきた」などの感想が寄せられたのでホッとしました。天国で賢治さんに会ったら、感想を聞いてみたいですね。きっと笑って許してくれると思いますけど。
特別展「ますむらひろしの銀河鉄道の夜―完結編」の様子=東京都八王子市の市夢美術館、三浦英之撮影 ――「銀河鉄道の夜」を漫画化する難しさは?
賢治は作中の世界を言葉で書いているんですが、その銀河や宇宙に色を塗ったらどんな色になるのか、とても難しいんですよ。「水素よりもすきとおった銀河の水」とか「あらゆる光でちりばめられた十字架」とか。要するに映像化できないものを、映像化しなきゃいけない。
「銀河鉄道の夜」については1983年に漫画にし、85年には映画化もされたのですが、どうしても「描き切れていない」という思いが残って。それで85年以降、「銀河鉄道の列車の窓から本当に星は見えるのか」とか、「銀河鉄道の座席はボックスシートじゃなくてロングシートだったんじゃないか」などを丁寧に調べて今回、「完結編」を完成させたわけです。結局、最初の作品から40年以上、どっぷりと賢治の世界につかってしまいました。
特別展「ますむらひろしの銀河鉄道の夜―完結編」の様子=東京都八王子市の市夢美術館、三浦英之撮影 ――今回の完結編で本当に完成でしょうか?
自分も200歳まで生きられるんだったら、たぶんもう一度くらい描き直す時期が来るんだろうと思います。賢治の世界観は非常に映像的であり、空白や余白も残されているので、絵描きならば誰もが「自分の手で描いてみたい」と思わされるような作品ばかりです。でも実際に描いてみると、とても難しい。だから若い漫画家にはぜひとも、新しいイメージで賢治作品にチャレンジしてほしいですね。描いても描いても、描き切れない。それこそが、賢治作品の魅力でもあるんです。
2025年9月2日朝日新聞より








