南陽市・落合祐弥さん・朝日新聞「天声人語」より

あちこちの取材先で鉄道の赤字やバス撤退の話を耳にする。お年寄りからは「足がなくて」という嘆きを聞く。そんな折、新しい公共交通の試みが軌道に乗ったと知り、山形県の南陽市を訪ねた。

沖郷地区の住民専用タクシー「おきタク」。市の担当者、落合祐弥さん(34・H17卒)は「高齢者に運転免許の返納を促すなら代わりの足がほしいという声を受け、知恵を絞りました」。路線バスが撤退し、頼みのコミュニティーバスも廃止されたのは1997年。以来ずっと公共交通の「空白域」のままだった。

おきタクの料金は距離にかかわらず一律500円。60歳以上の住民が対象で、行き先は病院やスーパーなど54カ所に限る。メーター料金との差額分は、市の補助と各世帯の拠出金でまかなう。運行2年でタクシー会社も利用客が増え、いわば三方よしである。今月、国土交通省で表彰されることになった。

住民からは「治療費よりタクシー代が高くて困っていた。安心して通院できる」といった声を聞く。外出の機会が増えて喜ぶ人も多い。

国交省のある試算によれば、日本の全人口の2割が公共交通の空白域に住んでいるという。コロナ禍で廃業を余儀なくされたバス会社も少なくない。手をこまねいていれば、日本の交通の網の目はいま以上に粗くなってしまうだろう。

交通過疎の実態は地域ごとに異なる。方程式の変数も違えば、得られる正解も違う。それでも「出かけたい」という欲求は人間の本能だろう。おきタクの知恵が輝く。

2021年12月3日朝日新聞「天声人語」より