価値を見直し事業展開・災害対応、人手の確保問題
「よくぞここにあり続けた」と思わされる。その感慨は、昨夏の豪雨被害を経てより強くなった。米沢市の南端にそびえる吾妻連峰の山懐には、険しい山道を超えてたどり着く秘湯の一軒宿が点在する。頻発する自然災害への対応、人手の確保など将来への課題が浮上する一方、新たな客層をつかもうという動きがある。今後もあり続けるためになにが必要なのか。
現在営業しているのは最上川源流の大平、天元台にほど近い新高湯、吾妻連峰の奥深くに位置する滑川、姥湯の4温泉。雪で道路が閉鎖されるため新高湯以外は冬季休業となる。それぞれ異なる個性を持ち、根強いファンを獲得している。
このうち、大平、新高湯の両温泉は昨年6月と8月の大雨で、源泉を引くパイプが流されたり、宿への道に大量の土砂が流入したりする被害にあった。大平に関しては、大雪で建物の柱が損傷するなどの被害を受け、営業再開に向け、工事を進めていたところに豪雨が追い打ちをかけた。秘湯を育む雄大な自然が、脅威ともなる現実を目の当たりにし、関係者からは「最近の気候変動は、一つの宿で対応できる範疇を超えている」との不安も漏れた。
両温泉の復旧を支えようという周囲の動きは早かった。ボランティアが土砂の撤去作業を手伝い、市内の温泉地でつくる温泉米沢八湯会のクラウドファンディング(CF)、米沢観光コンベンション協会などによる寄付の呼び掛けに、国内外から400万円超の善意が寄せられた。「山を下りることも考えた」という大平温泉滝見屋若女将の安部里美さん(43・H10卒)は「自然の片隅で生かしてもらっていること、温泉を管理していくことの大変さ、尊さを痛感した。『秘湯や温泉はみんなのもの』という公共性にも、あらためて気付かされた」と話す。
新たな動きもある。2年ほど前に旅館が閉館した五色温泉は、高畠町の会社が土地建物を取得し、温泉を生かしてアウトドアを楽しめる空間への再整備を構想している。
昨年11月には、滑川、姥湯、五色の3温泉に加え、JR峠駅近くの茶屋、観光まちづくり会社・プラットヨネザワ、JR東日本などによる峠エリア協議会が発足した。スイッチバック遺構など産業建築としても魅力がある峠駅を含め、「秘湯感」があるエリア一帯を丸ごとブランド化し直し、欧米系の外国人旅行者を含めた新たな客層に訴えかける。従来、冬は雪山登山者のみを受け入れていた滑川温泉を目的地に、ガイド付きでトレッキングを楽しむツアーがすでに商品化されており、利用者に好評だ。本年度中にエリア全体の誘客戦略を決め、商品開発を本格化させる。
協議会の会長で滑川温泉福島屋千専務の笹木雅生さん(41・H12卒)は「関係者が連携し、エリア内の魅力ある資源を生かしていきたい」と意気込む。笹木さんは21年、滑川大滝に通じるつり橋の整備費をCFで調達した。予想以上の反響に、自らが家業を営む地域が「多くの人に愛されるエリアなのだ」と実感した。旅館としても今春、峠駅近くに貸別荘をオープンするなど、新たな展開を予定している。冬季間も継続して働ける場を設けることで、秘湯の課題の一つである人手確保にもつなげたいと考える。
山深くにある秘湯の何が人を引きつけるのか。安部さんは「ありのままの自然に触れ、その地域の生活を体験できる場だからではないか」と分析する。土地の自然や生活文化が凝縮された場ということだろう。現代における価値をあらためて見直し、守り生かす手を考えたい。
2023年1月29日山形新聞より