山形県水社長・斎藤真さん(72・S43卒)

-業界や自社の現状は。

「人口減少は企業にとっても大きな課題だ。ただ企業は変化対応業。課題に向き合い、常に最適な方向性を模索する必要がある。当社は食品、特に鮮度を求められる食品を中心に扱っているが、取り扱いカテゴリーを広げたい。全国、全世界より鮮度の高い食品を手に入れ、通過コストを限りなく削減して提供できる仕組みを追求している」

「食品の原料事情は日々変わり、新商品開発も日進月歩だ。水産物価格は長年安定していたが、近年は世界的な食品の需要増加により上昇傾向だった。新型コロナウイルス禍で海外からの供給量が減り、そこにロシアのウクライナ侵攻が加わり、ロシア産水産物の供給不安が高まって価格はさらに上昇している。コスト削減など価格高騰に対してもできることを積み上げ、最適な物流網を構築する。幅広い視点で情報を捉え、安全、安心などの基準も踏まえながら量販店や小売店に役立つ商品を提供したい」

-求める人材は。

「山形が好きな人。山形を愛する人だ。食べることや食品、商流、物流に興味のある人も求めたい。食品の基礎知識、取り扱い方法を身に付けることは入社後にできる。商品を効率的に量販店や小売店に届けるため、物流に興味を持ち、手法を追求する姿勢は持ち続けてほしい。デジタル化への挑戦と社員一人一人のスキルアップも欠かせない。グループ3社の相乗効果を高め、食を通じ社会貢献することが当社の存在意義だ。それを常に意識し仕事に取り組んでほしい」

-仕事に対する姿勢は。

「卸売業は常に変化を先取りし、仕事でも今までの在り方を常に見直し改善していくことが求められる。設立3年後の1984(昭和59)年に経営理念を作り『常に企業としての在り方を見つめなおし 次代を見据え さらに多様化する市場に 積極的にダイナミックに羽ばたこう』と掲げた。行動基準は『全てに鮮度を優先します』『常にプロ意識を持って行動します』『常に誠実に行動します』だ。全ての場面で経営理念、行動基準を追求することを優先してほしい」

-影響を受けた人物は。

「大学4年間は学生運動のため学内がほとんど封鎖状態で、その期間は東京・築地や横浜市の中央卸売市場で働いた。そこで働く人は都民や市民に魚を供給するという強い使命感を持って仕事をしており、そうした気概を持つ多くの市場人に出会えた。私の職業人としての心構えの原点は、こうした気概あふれる市場人たちとの触れ合いだ」

★斎藤真(さいとう・まこと)米沢興譲館高、神奈川大経済学部卒。1972(昭和47)年にかねしめ水産(米沢市)に入り、75年の山形市中央卸売市場開設とともに山形丸水に入社。81年に山形県水を設立し、92年に社長に就任した。グループ会社の食賛、オネテックの社長も務める。川西町出身。

★山形県水 水産物卸売業として1981(昭和56)年に設立された。その後、冷凍やチルド温度帯の食品など食品全般を扱う卸売業になった。全国各地に仕入れ先があり、県内外の量販店、小売店、業務店に商品を卸している。グループ会社として95年に食品加工の食賛、96年に配送を担うオネテックを設立。県内全般に低温度帯物流網を構築している。資本金3千万円。従業員はグループ全体で約130人。本社所在地は山形市花岡130。

私と新聞 「多角的な見方を養う」

山形新聞のほか、業界紙、全国紙に欠かさず目を通すという斎藤社長は「インターネットニュースもあるが、紙の新聞の方が頭に入りやすい」と話す。「これは」と思う記事は切り抜き、保存し、仕事に生かしている。

さまざまな出来事の移り変わりが早い時代だからこそ、「日々の移り変わりを知り、深く知るためには文章化された新聞が一番」と指摘する。特に「地元の情報を多方面から知るために地元紙の山形新聞は欠かせない」と話す。

投稿欄の「やましんサロン」は幅広い世代の意見が掲載されており、考え方を比較しながら興味深く読んでいるという。「幅広い世代の社員がいる会社と同じで、幅広い世代の考え方を知ることは大事だ」と斎藤社長。さらに「新聞は一つの事象を多角的に取り上げており、見方の勉強にもなる」と指摘する。

2022年4月1日山形新聞より