2.初インタビュー  

高校の国語教員向けの講演会で、教育に対する考え方を述べる無着成恭さん=2009年5月、山形市

はい。「知足」と言います

1987年(昭和62)年、月刊誌の企画「日本の経済と教育を語る」で、私が初めて無着成恭さんに取材した際、そのインタビューの最後は、こんなやりとりで締めくくられた。

「宗教活動にとって最も大切なものは、発想の転換です。例えば、電車の中でお年寄りに席を譲ってあげる場合がありますね。譲ってあげたというのは道徳レベルの意識です。そうではなく、お年寄りに座っていただいたということです。こういう発想転換をすると救われることが非常に多いのです。宗教とは、誰かにしてあげるというものではなく、自分が仏になるためのものです。問題は自分に与えられたと考え、必ずわかる人が出てくると信じて生きることです」

-無着さんご自身が心がけていることは?

「自分の足で歩いて10分以内で取れたものを食べて生きていく。それから洋服は着ない。夜、家の中の不必要な電灯はつけない。自動車は、2000㏄の乗れる経済力があると思ったら1500㏄にワンランク落とす。ご飯は食べ過ぎない。酒は飲み過ぎない。そういう哲学を自分に言い聞かせて実行している。すると、全く豊かで、悠々としているんですね」

「それは、まさしく禅の心ですね」

私はインタビューをこう結んだ。

月刊誌のタイトルは「経済の論理が先行すると日本は滅びる-日本の経済と教育を語る」とした。確認のために原稿を無着さんに郵送すると、ほどなく折り返し返事が来た。

「はい。『知足』と言います」

たった1行、赤鉛筆で書き加えられていた。

数か月後、私は仏教者が多く集まるパーティーに出席した。

「あの記事は良くかけていたよ」

大きな声が上から降ってきた。振り向くと無着さんがいた。純粋な教育者の声だった。

(フリーライター・香川潤子・S49卒・山形市)

2023年10月30日山形新聞より